憎しみの連鎖は止まらない、人の心は愛と憎との裏表、それを一番映し出すの心
それに一番順応するのも心ですね。
生と死を分ける事態に遭遇(そうぐう)すれば尚更の事、家族や同胞を思いやり、
愛すれば愛する程憎しみも増すものでしょうね。悲しいけど、悔しいけど、
それが人としての性(さが)。。
果たせるかな、誠に誠に厳しいものですね。又それが自然なのかも知れません。。。
この地球に生を受け、存在する、全ての生きとし生かされているものは等しく正確に
命の時を刻んでいます。。。大切な。。それも終焉(しゅうえん)に向かってです。。。
その意味では自然の掟(おきて)は実に厳しい物なのですね、時に掟に逆らったり
破ったりすれば淘汰(とうた)もされる!全てに例外は無いと言うことですか?
何故愛するの、何故憎むの?人はいつも愛と憎の分水嶺を歩いている、愛にも憎にも
転びます、どちらに転んでもひとたび転び始めれば、果てしなく転び落ちてしまうのです
どちらにしても転がり着く先は、出口なしのブラックホール。。。
過ぎたるはなお及ばざるがごとしとは論語でしたか。。
度を過ぎたものはどちらも正しい道ではないと有ります。
人として程々が良いのかも知れません、その方が自性(じしょう)をコントロール出来る
のかも知れません。盲愛も憎悪も過ぎたれば自性を失うものですね。程々の心は余裕の心
思いやれる心より生じるものと思われます。少しでも相手を思いやれる心を持っていたら
今、例え憎んでいても、いつかはその自分の醜さに気付くはず!気付いたとき醜い仮面を
はぎ取るチャンス、みんなで切り替える事にしませんか?