SADAKO
燃えつきる日まで
2002年3月-福岡
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 2003年2月4日午前3時30分父は永眠いたしましたが
この哀歌はこの世に生を受け、艱難辛苦を乗り越えて
育てていただいた父に捧げる『私の心の叫び』です
どうぞ、最後まで読じゅ頂きますようにお願い致します
                          雅弘

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 2002年10月1日(火)

昨日毎日行っているデイケア施設から「お父さんの脱水症状がひどく
食べ物も喉につめますのでしばらくおお預かりできません」とのこと、一瞬
困った、仕事もあるしどうしたら良いのか。。。着実に病状は進行しているしと、
頭の中はパニックになってました。でも父のうつろな目、やせ細った手、足、
くぼんだ目を見ると、これが私を育ててくれた父か!!何にもしてあげられない
自分に悔し涙がにじんできました、今、正に目前の父が燃え尽きようとしている
ここで少しでも恩に報わねば申し訳ないと思うと、意識もうろうとしている父に
両手を付いてこうべを垂れ本当にありがとうと申し上げました。父に気づかれな
いように思いっきり涙を流しました。恩と涙は引き換えにはなりませんが、せめて
善の心に引き換えて頂けますようにと神様にお願いをするしかありませんでした。
やがて逝くであろう父のお世話をさせていただこうと決心しました。
燃え尽きる日まで。。。。
 
 10月2日(水)


今日は妹が来てくれたために、比較的おとなしくしていた。理由はよく寝ていたからである。
水分の量はいつもより少なかった。少し声が出にくかったが背中が痒い事だけが理解できたのです。
背中は手も届かないところ、あーあー、かいてあげられて良かった。今は23時20分大きなお口をあけて寝ています。起こさねば良いのだけれども、今からが勝負!!

 

 10月3日(木)


朝から目がうつろで、声は出ないし水も口にしないし炭水化物も摂ってくれない、これでお別れかと思うが、そうはせないぞと強く心に言い聞かせた。取り急ぎ主治医の先生に電話を入れてみたが、あいにく熊本に出張中とのご返事、迷惑も顧みず出先まで電話を入れてみた。この赤ひげ先生は何の躊躇もなく、2時半ごろ帰院するので来なさいとのこと。。点滴を3時間かけてうってる間中眠っている始末、帰りの車に乗せるとき返事を求めたら、返ってこないので今日は入院するかねと再度聞いてみた、小さく馬鹿なことをい。。と小声でのたまわった。ああー良かったと思うと、にやけながら運転をして帰路についた。

 
 10月5日(土)


3日の事が嘘のように今朝は調子が良い、点滴が効を奏したんだと思った、これなら少し時間はかかるが,そうして上げた方が良いのかもしれないかなと思い妻にも聞いてみた。聞いてみた理由はある。。。
父が未だ元気だった頃はすっごく口うるさい人で、時々この息子でさえ嫌になるくらいだから妻の心の中は推して察しがつくと言うものである。。が、覚悟は同じであった。これからは何処にもやらず出来るだけ二人で面倒を見させて頂くことにした。何処にいても死ぬときは同じなのだからと悟った。
何時かはみんなが通らねばならぬ道なんですからと。。。。

 
 10月8日(火)


今日はそろって妹の所に招かれていた。夕べから夜中にかけて例の症状が現れた。
特に今日は痛い痛いと訴える回数も多く、しまいには頼むから助けてくれという。よほどのことだと思った。助けたいけど痛みを解かって上げたいけどどうにもならないのだ!とっさに、じいちゃん頭痛薬を飲む?。。飲むといわれるからそのようにして差し上げた。しばらくその形相は続いていたがその内静かになってきた。いびきが聞こえたので安どし、こちらも眠ることにした。午前中は整形外科に連れて行った、先生の問いかけにはすこぶる従順である、父の脳裏から昨夜の事がまるで飛んでしまってる。。まあ有難いことです、今日は目もハッキリと開いているし、物言いもハッキリして嫁が運んできた食事にサンキュウと答えた。冗談も言える気分になったことが一番嬉しかった。

 
 10月11日(金)


今朝は5時前より大きな声が出ている、昨日より大きいので良かったと思った、が4度も起こされて寝不足にて少々ばて気味だ、2日前から近くの老人福祉施設に行ってもらっている、実は先月余りにも弱った為にこれ以上は預かれないと断られていたのだ。よーしそれならばこの父をもう一度元気にしようと覚悟を決め、毎日食事と水を充分に摂ってもらうようにこまめに気を配ってみた。。。
結果は目をみはるように回復したのである。施設ではみんなに冗談も言えるようになり、手足に力も出てきたように思うのです。明日も又と期待をしながら。

 
 10月12日(土)


今朝は微笑ましい状況があった。妻のおはようー。。の問いかけに目をしっかり開けておはようと返事が返ってきた。私が誰だか解かるとたずねた、じっと顔を見つめてニヤ笑い、私の一番大好きな、や え こさんと又もや返した、妻がサンキュウと言うとサンキュウと言う。。じいちゃん英語がうまいね。。わしはアメリカ帰りじゃもんと。。笑ったり困ったり。。この父はよほど徳をつんできた人だろうと思えた。そう言えば先日妹の所で突然震えがきた、風邪をひいたでもなし寒い寒いと言うので電気毛布を敷き布団を掛けてみたのだがおさまらない、歯をガタガタ振るわせながら。。あんたたち二人にはお世話になったねー、こんな病人をみなければならぬのも何かのご縁、諦めなさいと。。このところ感謝の言葉が目立つし死んだ人ばかりの名前を呼ぶことが多くなった、人は言う感謝の言葉を口にし始めるとお迎えが近い証拠だと。。全くこれだけには同意したくないがそんな予感もなきにしもあらずである。

 
 10月14日(月)


この所状態は安定しているように見える、しかし悪くなることはあっても良くなるって事ではない、あいも変わらず紙パンツは取替えてあげねばならない、母の時は妻がほとんどしたが、他界する少し前は私もさせて頂いた。。ばあちゃん僕が小さい頃はお世話になったから今度は僕がする番よ。。
と言いながらした事が懐かしい。。みんなどうしても通らねばならぬ道とは、今理解させられる、遅かったと悟っても後悔先に立たずである。解かるかなこの気持ち、わかんねーだろうなー。。古くて本当にごめんなさい。

 
 10月15日(火)


今日はディサービスに行って頂いた、帰ってくるなり明日は行かないと言い張るのです、言い合ってもしょうがない、子供に帰りつつあるようですから。。ああそうね、そうねとなだめると納得したようです。夕食の刺身をよく食べて頂きました、水分はあまり欲しがりません、こんな夜はやけに体が痒いとむずがります、背中が痒いと言うのでタオルで力一杯擦りました、ちょっと落ち着いたようでしたが5分も経たぬ内に又痒いと言います、あっちと言えばこっち。。いけないことですがイライラしています。。ああ父は手も足もままならないのだと、痒い所に手が届かない、これほどはがゆい事はないはずだと!又思い直す事が出来ました。熱いタオルで下半身をふきあげました。今、目の向こうで夢にうなされたように亡くなった人の名前を呼んでいます。。おーい雪子姉さん、雪子姉さんと。。
あまり気持ちの良いものではありません、なんにも無ければ良いのですが。。。。。。

 
 10月16日(水)


夕方、妹がおかずをもって来てくれた、さすが気が利いている、弟もいるがここの所、現れないサボタージュしてる訳でもないのだ、リュウマチの痛みがひどく来れないのだ、本当に気の良い弟なんです。ケンカをした事の記憶が無いのです、仲が良いのが自慢です、このように育てて頂いた父と母に感謝感謝!!特に母はとってもやさしい人でした、兄弟姉妹一回も叱られた事がありません、姑もすごく喧しい人だったらしいのですが、父曰く、お母さんは唯の一回も反発した
事は無かったと。。。こんな母だから私たちに精一杯の愛情を注いでくれたんだ!!母の写真が笑っています。。。
涙がにじんできます。ありがとう!お か あ さ ん!!

 
 10月17日(木)


このところ少し意識が混濁してきている、ガンマナイフセンター山本先生に随分前からこの症状のことは告げられていた、日本でも数人の内の名医、前述の赤ひげ先生である。良く良く耳を澄まして聞いてみると、どうもパターンが決まっているようである、初めのうちは雅弘、やえこさーんである、が少しばかりほおっていると例の雪子ねえさーんである、とどのつまりは。。YUJIである、先回帰福した時,三日三晩心底面倒を見て返ったのである、よほどお気に召したのでしょうか?どっかで話してたのを聞いていたのか、YUJIは何時帰るのかと、突然聞いてきた。。明日帰ってくると告げたら、肉のほうがええかねと心配をするのである。やっぱりYUJIが一番気にかかるし可愛いんだなーと思った。何せ2、3歳の頃からおじいちゃんが一番好きだったYUJI。。だから父が一番納得するのもYUJIが言って聞かせる時である。先回の帰福の時が最後の別れになるような気配があったがYUJIの真心が父を救ったのかも知れません。。その深夜YUJIがススリ泣きをしていたのは夢ではなかったと思いますが。。。。

 
 10月18日(金)


夜9時過ぎYUJIとNORIが帰ってきた、妻の風邪が移りかかっているのか寒いと言って布団の中からお出迎えである。じいさん帰ってきたぞーの声に嬉しさを押し殺している様子、私には解かるのだ、誰だか解かるね。。と問うて見る。。あんまりかしこうない息子よねとのたまう、冗談が言える状態にYUJIも安心したようだ。嬉しい時の父の一流の表現なのだ。この所うつろな目をしなくなったしっかりと開いている、こんな時は言葉もハッキリしているんです。ズーっと続いてくれると良いのですが。土曜日曜はお友達がお出でになるんです、父をおんぶして遊びに連れて行って下さいます、今時こんな奇特な方も居られる事を不思議に思います。理由を聞いてみると、父が元気であった頃、そのお方のご両親の面倒を見て貰ったとかで今その恩返しですと。。。
今晩はYUJIにしっかりと甘えてます。

 
 10月19日(土)


今日はお友達と外出です、カラオケでもつれて行っていただいたと思います、昨夜も夢うつつの中でマスター、マスターもう一曲入れてください、次はワインをお願いします。。。聞かずとも行き先はわかるというもの。。お友達に心からの感謝を申し上げたいと思います。父はこの分だと息を引き取るまで連れていってくださいと言うのでしょう、仕方の無い事です。明日は福岡の百地浜でGODBREATHの今年最後のライブ、最後になるかも知れないYUJIの姿を何としてでも見せて上げておきたいと思っていました丁度KBCテレビの取材の申し込みがあり、昨夜この事を知らせておきましたが、今朝はちゃんと、YUJI達と一緒に出るんじゃろーと。。どこまで混濁しているのかを疑ってしまいます。孫の事は混濁しないのかなー。。実に不思議です、好きな事をして頂いているのですから何時何処で倒れても本望ですし仕方が無いと諦めれば気も楽になるかも。。。ね!!

 
 10月21日(月)  パート1


午前8時です、昨日余りはしゃぎすぎてしまったのか今少しケイレンがきてます、痙攣止めを飲ませました父も興奮してます、早くからYUJI、YUJIと呼んでます、3時過ぎまで父の要求に答えていました、今日東京に帰るんだが運転大丈夫かなと心配してしまいます。昨夜は妹も弟夫婦も集まりみんなで鍋をつつきました。一日中KBCテレビの取材があり父もすこぶるご機嫌です、昼間はGODBREATHライブに計画通り連れて行きました、あいにくの雨になりましたが、これまでになくしっかりと目を見据えて聞き入ってました。まるでYUJIとの別れを悟っているかのように。。聞こえるんねと問うと、よー聞ことるよねと。。ステージからYUJIがじいちゃん元気にしとかなよーと言った、父は口元を振るわせながらうなずいてました。自宅に着いてから開口一番、今日はよかったねと、日頃は注文をつけるのに、本当に満足したんだなーと思いました。冗談もポンポン出るし、目も力があるし、言葉もしっかりしてるし、お菓子を手に待って自分で口に運んで食べたんです、みんなびっくりしました、これは段々良くなってるのではと錯覚をしてしまいそうです。今日はYUJIも帰ってしまいます、みんなが居なくなるととても寂しがります、その虚無感をとても嫌がります、果たしてどうなることやら。。。。

 
             パート2


今日は老人福祉施設に預かっていただく日です、察してた通り行ってもらえないのです、YUJIとNORIが帰京する時間に合わせて送っていくことにしました、施設の前に着いたら降りないと言って車椅子からズリ落ちて抵抗するのですよ!87歳の父がですよ!昼ご飯を食べたら迎えに行くからと言って、やっと納得していただきました。家に連れて帰りましたが精神的に安定を欠き案の定落ち着きがありません、布団に寝かせても、ちょっと目を離したすきに転がり出てしまうのです、少々腹が立ってきました、何でこんなに困らせるんねと言うと、解からんと言いながら、頼むけん助けてくれよと哀願するのです。終いには楽に死ねる方法はないんかねと言い出す始末。。そして何度も泣くのです。本当に哀れでこぼれる涙をとめる事は出来ませんでした。。。。

 
 10月22日(火)


さっきまで又色々な人の名前を呼んでましたが今は静かです。じいちゃんが眠るまで見ているからと言いましたら、もうイビキをかいてます。。朝食はしっかり食べてくれました、この所食が太いので体に力がついてきたようです、動き回りますので布団の外に出てしまいます、元には戻れませんので心配です、きずかずにそのままだと風邪をひいてしまいます。。少々寝不足です、元気が戻れば戻るほど心配が増えてくると言う妙な現象に気持ちをどうコントロールしたら良いのでしょうか。。明日はデイ、ケアに行かないと言い張ってましたが、さてさてどうなります事やら。。明日の朝嫌な気分にさいなまれなければ良いのですが。。。おやすみなさい

 
 10月23日(水)


いやな気分ちが的中しました、早朝5時過ぎより布団を蹴り上げあがきます、そして例の調子で呼んでます。今日は珍しい事にまさひろちゃーん、やえこさーんから始まりました、少し運動のためにもとほったらかしにしておきました、起きて行って見ると、頭もとの物入れをひっくり返し腹ばいになって興奮しておりました。今日は本当に気分が悪い病院に行こうと言うのです、顔を見ると血の気が引き唇も真っ白く喉はカラカラの状態でした。少々腹が立っていました、父にあんまり早くからおらび上げるからよ(方言)、何時死んでも良いと言ってるんだから我慢しなさい。。と言ったものの取り急ぎ山本先生に入院をお願いしてみた、いつもの調子で快く引き受けて頂きました。個室をお手配下さいましたが、夜は今日から付き添わねばなりません、仕事の途中でもあり、とって返しました。またまた病院から連絡が入りました、父が一人でトイレに行こうとして倒れたとのこと、未だに自立歩行が出来ない事を解かってないのだ、数ヶ月前にもそんな事があり、ベッドにくくりつけられたんですが。。なかなか懲りないようです。わしは囚人でもないのにくくりつけてあの病院はとんでもない所だと。。自分では一見筋の通ったような事を言うのです、でも山本先生の前に出ると借りてきた猫のようになってしまいますが。。可愛いと見るには年をとり過ぎていますよね。。今は点滴を受けていますが、唇も元の色に戻りました。。先程から帰ろう帰ろうと駄々をこねてます、連れて来る間にタンをつまらせて目を白黒させてさせて。。本当にお別れかなと思わせた人が、もうこんなに手足をばたつかせてますが。。なんと生命力の強いお人でしょうか、ほとほと敬服奉ります。。さてさて明日は如何合いなりまするやら。。。。。。

 
 10月25日(金)


昨日、今日と食事や水をあまり摂ってくれません、入院したから弱ってきたと人は言う、がしかしどうもそうでは無さそうである、弱ってきたから入院するのである、そうさせないためにも周りの者がこまめに面倒を見て差し上げる事です。。そんな思いで父を看させていただいているのですが。。どうも父のわがままに少しあきれています、例のように一晩中名前を呼ぶんです、そして昼と夜を完全に間違えているのです、朝仕事に帰ろうとすると、わしも帰ると言い張るのです、本気で腹立たしくなってきます、具合が悪いから言わせられているんだと思ったら少し冷静になれました。ついつい悪心が湧いてくるんですよ。悪は「亜」と「心」の合字ですね、「亜」はつぎとも読めると辞書にある。何時でも善心を振り払うつぎの心は準備が出来ているんです。人は誠に罪深いものなり。。。行ったり来たり右往左往です。。。
夕方仕事を早めに切り上げて、そそくさとお迎えに行きました。早くから看護婦詰め所で待っていたようです、つまっても、つまらんでも息子は息子なり。。ですか?

 

 10月27日(日)


昨日、今日と外出してるんです、例のように連れて行って下さってます。23日、目を白黒させながら今にも息が切れてしまいそうな形相で入院したのも、まるで嘘のように。。どうなっているんでいるんでしょうか。食事も水も喉を通らなかった人が昨日はおんぶされて出て行ってんです。もっとも手を替え品を替え、騙しだまし食べていただきましたが、特にあんみつが美味しいと、気に入ってくれました。
25日退院のとき山本先生に現在の状態をおたずねしましたら、ガンマナイフで治療した所は良くなっているが又新しい腫瘍が出来ているとの事、さしあたっての症状は落ち着いているので、とりあえずの退院を許可して頂きました。このまま遊びに出てて命が無くなるんであればそれも父が本望とする所、本当に仕方の無い事だと思っています。お友達に心からの感謝を申し上げたいと思います。

 
 10月28日(月)


今日は朝からすこぶる調子が良い様です、左手がスムーズに動くんです、自分の顔を自分の手で掻いているではありませんか、ちょっとびっくりしました。炭水化物を茶碗一杯食べていただけました、水もラクノミでいっぱい飲んでいただけました、その上果物ゼリーまで。。入院前の状態に戻りつつあります、その反面現実と過去が混濁してきています、今日は魚屋に買い物に行ってきた、イカが新しかったんで買ってきたよ。。等と言います、否定しても言い張るんです。頭の中はどうなっているんでしょうかね。。。
夕方様子見に帰って来ましたら案の定敷居をまたいで遠征をしておられました、一度出たら布団には戻れません、何度言ってもダメなんです。。今日はずんずんと冷えます、風邪が心配です、今夜は遠征しませんようにお願いします。。。

 
 10月30日(水)


今日は久しぶりにディケアに行って頂けました、幼児のように行き渋ります、おみこしをかつぐように背負い、一気呵成にバスに乗せます、何やら言ってるようですが、ゆっくりと訳を聞いて上げるひまがありません、送り出すとすぐ店を開けねばなりません。28日より下の孫が来ています。ママの仕事の都合で11月一杯預かる事になったんです、すごくなついてくれてますので安心して預けて行きます、たまに来る孫は本当に可愛いんですよ!でもたまーに歯車が狂って大泣きしますが、この孫、それでも帰るーって言わないんですよ、なんとこの爺,婆を泣かせるじゃあありませんか。。これから又負担が増えましたが愚痴を言っても言わなくても一日、覚悟を決める事にしましょう。おやすみなさい。。。

 
 10月31日(木)


早いものです、神在月も今日で終わりです、出雲に神様がお集まりになられる月だそうで早く帰ってきて頂きご加護をいただける資格をつくってお待ちしたいと思います。今日は一段と体力がついてきているようです。。朝から部屋を割と広範囲に動き回ってます、これは手足の力がついてきた証明です、その分何でも自分で出来るとミス判断をされてしまうので困ります。。痛し痒しですがこのまま健康体に戻って欲しいと思います。。かなわぬ夢と判っていても。。。。

 
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